【コーチはジャッジをしない】

先日、コーチング講座に参加してくださっ

た方から、「子どもが自分で『やる』と決

めてできなかった時はどうなるのですか?」

というご質問をいただきました。私が、オ

ランダの小学校では、子どもが自分で取り

組むことを決めて実践し、ふりかえりも自

分でする、教員はコーチとしてサポートす

るという事例をご紹介した時のことです。

 

 

最初、何を聞かれているのかがよく理解で

きず、即答できませんでした。

「どうなる?・・・というのは?」

「例えば、罰があるとか」

と言っていただいて、「なるほど!」と思

いました。

「そういうものは何もないです。省察があ

るだけです」とお答えしました。

「今回はできなかったんだね。本当はどう

したかったの?次はどうすればいいと思う?

そのために、今、やっておいたほうが良い

ことは?といったことを先生が子どもに問

いかけ、一緒に考えます」

 

 

ご質問をいただいて、あらためて、私の中

でも気づきがありました。「罰」とか「失

敗」という概念が、私の中にはもうほとん

どなくなっているんだなと思いました。

「できなかったら罰がある」

「失敗したら叱られる」

と思うと、人はチャレンジしなくなります。

やる気や自発性からではなく、相手の顔色

をうかがいながら行動するようになってし

まいます。

 

 

コーチは結果に対するジャッジをしません。

良いor悪い、正しいor間違っているとい

った評価をしません。結果を踏まえて、そ

の体験を次にどう活かすのかを一緒に考え

ます。もちろん、守るべきルールが守られ

なかったとか、危険なことをしてしまった

という時に、注意を促すことは必要です。

今後、繰り返さないように、罰や叱責によ

っ行動改善を促す方法もあるとは思います

が、本人が自分事として捉えなければ、根

本的な改善にはつながらないでしょう。

「罰があるから」、「叱られるから」とい

う動機付けには限界があると感じます。

 

 

何より、他者からジャッジをされると思う

と、一歩踏み出す勇気がくじかれます。

「まずやってみよう!うまくいかなかった

ら、また考えよう!」とはなりにくいもの

です。「失敗はない。体験と省察があるだ

け」と捉える人が増えていったら、もっと

意欲的にチャレンジする人が増えていくの

ではないでしょうか。「罰」とか「失敗」

という概念がなくなる社会を作りたいと実

感します。

 

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